葬祭・葬儀の費用について・・、祖父が亡くなりました。

実は、祖父が亡くなりました。

それは享年100歳という、いわゆる大往生。私のみならず親族一同が、十分すぎる心の準備を積んできた結果、悲しいというよりも100年間という歳月を生きた達成感を亡くなった祖父と共有できたような奇妙な連帯感があります。

そうは言っても、お通夜・お葬式を無事に済ますことができようやく落ち着いてきました。
葬儀
葬祭・葬儀の費用など、故人とのお別れの方法について、あれこれと考える機会となりました。

100歳で亡くなるとお葬式に呼ぶ人が少なくなる

それまでじっくりと考えたこともなかったのですが、意外なことのひとつに年をとってから亡くなると葬儀に呼ぶ、知り合いが少なくなるということ。

当然といえば当然なのですが、生前親交の深かった友人の多くは、先に亡くなっています。まだ、生きている友人もあったかもしれませんが、すでに会わなくなってから何年も経っているんですね。それも2・3年というレベルではなく、20年とかそういう感じです。だから、故人の友人は最初から葬儀に呼んだりすることを考えていませんでした。

あとは親戚関係なんですが、親兄弟などの親戚筋もすでに連絡をとりあう人は少なく。とったほうがいいかな?という血縁の方も、ご多分にもれず高齢で外出させるのは酷な状況です。

結局のところ、故人の子供・子供の配偶者・孫・孫の配偶者・ひ孫といった血縁関係のみで家族葬を行いました。最近のお葬式は初七日(しょなのか)法要というのも一緒にやってしまうんですね。お葬式の焼香に続けて、初七日法要の焼香をすることに驚いてしまいました。勿論、葬儀の費用としては、その分だけ安く抑えられているようです。

小さなお葬式

火葬だけのシンプルなお葬式

お葬式に呼ぶ人も少なく。参列者といえば血縁の濃い人だけということで、お通夜もお葬式も行わない、シンプルに火葬だけを行おうという選択肢もありました。葬儀費用として単純に比較するとこのタイプが一番安く済みます。

火葬のみの葬儀のことを直葬というらしいのです。ちょっとネットで調べると「後悔しない葬儀を・・」「故人のよろこぶ心に残る葬儀を」とか書かれています。

祖父を送る立場としての実感といえば、別れは悲しいものの、100歳で亡くなると悲壮感は全くと言っていいほどなくなります。とはいえ、火葬だけというのはチョット祖父に対して申し訳ない気持ち。また、普段会うことのない従兄弟や親戚筋と、ゆっくり食事が出来ないかもしれないということが気がかりでした。

もうひとつ付け加えるとすると、自分の子供(故人のひ孫)にお葬式というものを経験させたかったという思いがありました。これまで幸いなことに仏事に縁遠く、私自身も会社関係で参列する以外にはお焼香などしていません。たとえ略式でも構わないので、遺影・位牌というものがあったり焼香をする機会をつくってあげたかったのです。これは、祖父に対して思ったというより、子供にとっての経験として。

ネットが生活に浸透しているので、情報を取ることは容易になりました。代わりに経験をすることが少なくなったというか難しくなったので、今後の彼らの人生に何らかの役に立つのではないかと考えた次第です。

近所の人に手伝ってもらう煩わしさ

あと、忘れてはいけないのが、近所の人には知らせなかったこと。

近所の自治会などにお願いして斎場を確保してもらったり。葬儀一式を取り仕切ってくれるような自治体も多いと聞きます。ただし、その後に起こってくる煩わしい近所づきあいから開放されたいという想いもあり、ご近所さんに手伝ってもらうことは遠慮しました。

お坊さんは高そうなBMWに乗って現れた

我が家のお墓があるお寺から、葬儀をとり行うため住職が来てくれました。お通夜・告別式が終わり、火葬場まで同行してくれるのですが住職が乗りこんだ車が高そうなBMWでしたね。別にだからどうだという話ではないのですが、「一生懸命使わなくてはいけないくらい儲かっているのね」と思った次第です。

気になるまとめ

久しぶりに会うことができた従兄弟たちは、ご無沙汰しすぎて誰が誰だか分からなくなっていました。親族が一堂に会する機会を与えてくれた祖父に感謝。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする